圧倒的睡眠欲求

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そして私は喫茶すみっコに履歴書を出す

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見てきました、映画すみっコぐらし。もともと世間で話題になる前から映画をアピールしてきていたとかげ過激派に同行するつもりではいたけど、数々のレビューに興味が湧いた人も多いだろう。
映画館に行って驚いたが、パンフレットはおろかグッズすらお弁当箱ひとつしか残っていなかった。他の映画のグッズコーナーに対し、すみっコぐらしだけ焼け野原である。バズり効果がすごいのか、もともと楽しみにしていた子供やすみっコぐらしファンが過激なのかわらないけど。


ここからは感想という形式上、極力物語の核心には触れないようにするがうっかりネタバレになるかもしれないし、勘のいい人ならだいたいどんな物語かわかってしまうかもしれないので少しでも現時点で見に行こうと思っている人はまず映画を見に行くといいんじゃなかろうか、と思います。ネタバレを踏みたくないなら感想なんて見てないでチケットを取るのがおすすめ。



まず最初は各キャラの紹介が簡単にされるのですみっコぐらし未履修者でもすぐ理解できる親切設計になっている。メインすみっコだけでなく、サブキャラのみにっコたちに至るまで丁寧に教えてくれる。つかみは劇場版名探偵コナンのそれと完全に同じ。むしろ子供がメインターゲットなうえに詰め込むエピソードがそこまでないため、きれいにまとまっていてコナンより優秀だといえる。
とりあえず完膚なきまでにかわいい。そこまですみっコぐらしファンというわけではない私もにやけてしまうほどにかわいいので、隣からはとかげがキュートな仕草を見せつける度にオタクの吐息が漏れだしていた。二次元の極みのような太い輪郭線にもかかわらず、すみっコたちが確かな立体感と存在感を持ってそこに「いる」。
ディテールがすごい。たとえば、とんかつやえびふらいのしっぽは揚げ物という性質ゆえに、他のすみっコたちと違い「シャリッ」と少し硬質な衣の質感を感じさせる足音をたてて歩く。水に入るシーンでは泳げるとかげ、しろくま、ぺんぎん?は迷いなく飛び込み、泳げないねこたちは躊躇する。そこまでする!? というくらいこだわりが詰め込まれているのがわかる。
あとおばけが口を開くと牙のような八重歯があるの知ってましたか? 私はぜんぜん知らなかった。推します。
すみっコたちのお気に入りのカフェ、「喫茶すみっコ」では壁にバイト募集の広告やおすすめメニューが貼られていて、イチオシが"いつもの"コーヒーというコーヒーだということがわかる。つまり喫茶すみっコでは、はじめてのお客さんでも「いつもの」というだけでオーダーが通る憧れのアレが許されているのだ。大人のキッザニアか?
っていうか喫茶すみっコで働きたい。就職先にしたい。時給どんぐり3個とかでいいから。お願いだから喫茶すみっコに就職したい。毎日出勤するから。お願い。雇ってくれ。まめマスター!!! 聞いてるか!!! 雇ってくれ!!!!
子供たちだけでなく大人もくすりとしてしまう演出もちりばめられている。船の穂先でタイタニックごっこをするすみっコたちに「やるよね~」と優しい声でナレーションのいのっちが同調するが、タイタニックを暗黙の了解にするな。子供わからんやろ。
一瞬も作画崩壊が許されないかわいさに溢れた画面が、ラストまで安定して続く。好きな人にはそれだけで見る価値はあると思う。

しかしこの映画の真価は物語の構成にある。巧みに張り巡らされた伏線、ひとりぼっちのひよこの正体、ページをまたぐと世界が変わる仕掛け絵本の世界を股にかけるすみっコたちの大冒険、怒濤の伏線回収と少し切なくとびきり優しいラスト、そしてあたたかなエンディング……。死ぬときはこの世界で死にたい。
そしてだいたいどうなるかわかっても涙腺を刺激する仲間たちとの思い出の回想。どこかで見たことあると思ったらセーラームーンRじゃねえか。セーラームーンの「うさぎちゃん……!」のシーンが刺さった人には絶対に刺さる。
終盤には劇場のあちこちからすすり泣きの声が聞こえた。後ろに座っていたひとりできていたお兄さんも、子連れのお母さんも泣いていた。隣を見ると同行者が一番泣いていて笑ってしまった。

考えてみれば、すみっコたちの境遇は少しずつ切なさを帯びている。寒さに耐えることができず北から逃げ出したしろくま、自分の正体がわからず自分探し中のぺんぎん?、恥ずかしがりやで気弱で隅っこすら譲ってしまい自分の行き場がなくなるねこ、食べ残され誰にも食べてもらえないとんかつ、実は恐竜の生き残りで見つかると捕まってしまう、種族的にもひとりぼっちのとかげ。
絵本の世界をさまよい仲間を求め、寂しさに涙を流すひよこの境遇とそれぞれリンクするところがある。彼らが「居場所が見つかるといいね、ひとりじゃないよ」とひよこを励ますのは、そのまま彼ら自身に向けてのメッセージになる。切なさと満たされなさを抱えながらも、すみっコたちは日々楽しく、のんびりくらしている。私たちが本当に欲しいのは、逃げ出した先でも楽しく、幸せに過ごす適応能力ではないだろうか。ここで、梨木香歩西の魔女が死んだ』で魔女が不登校の孫に語った言葉を引用したい。

「サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きる方を選んだからといって、だれがシロクマを責めますか。」

つまりは、そういうことである。