圧倒的睡眠欲求

この記事は人間が書いています

架空の犬の死がつらい

 愛犬は、名をとろろという。雪のように真っ白な、とは言い難いがとろろ程度には白いからである。わからない、こじつけだ。なんとなく、気づいた時にはとろろで、誰も由来を覚えていない。サモエドに似た雑種だった。

 私が物心ついた時にはうちにいた。アルバムにはぽてぽてした白い子犬と、これまたぽてぽてしたちっちゃい私のツーショットや、そこにさらに小さい妹が加わったスリーショットがよくある。子供と犬の組み合わせは最強であるからだ。

 夕方の散歩は私の仕事だった。好奇心旺盛なとろろに引っ張られ転んで大泣きして帰ったこともあったが、とろろは基本的にお兄さんで、私に合わせてくれていたように思う。優しい犬だった。ただ食い意地はすごかった。知らない間に焼き芋を拾い食いしていて、うわあごに皮をひっつけてびっくりしてひとりで苦しんでいた時には肝が冷えた。ぺろんととってやるとケロッとしていたので、その日のおやつはなしにしたのを覚えている。実はねだられてこっそりあげてしまったけど。

 高校に入ると帰宅時間が遅くなったりなにかと忙しかったので、とろろの散歩は気が向いた時だけになった。一緒に家でだらだらして、月に一度はシャンプーをした。ふわふわになったとろろは世界一可愛かった。家族でテレビを見ると、のすのすと私の腹に乗ってきた。修学旅行明けにはすごい勢いで飛びついて顔をなめ回してきた。あのあったかさと重さを今でも覚えている。

 落ち込んでいるとそばにきて、お気に入りのボールをもってきてくれた。珍しく雪が積もった年には狂乱といっていいほど喜び、公園の土まで抉ってどろどろになった。動物番組を見ては、「おまえが一番かわいいもんね~」と笑った。受験の時はとろろの誘惑を振り払うため学校の自習室に通ったが、反動で家に帰るとでれでれになった。

 とろろは私が成人する前におじいちゃんになって、ずいぶん軽くなった。おじいちゃんになってもとろろは世界一可愛いままだった。散歩のペースはどんどんゆっくりになって、今度は私がとろろに合わせて歩いた。何度か調子を崩し、入退院を繰り返した。苦しそうなとろろを見ると、私も苦しかった。

 やがてあまり目が見えないのか、ごはんをこぼしたり、今まで平気だった段差に躓いたりするようになった。近寄っても気づかないこともあった。ふんふんとよく動く鼻に手を寄せると、嬉しそうに顔を摺り寄せてきた。大学生になってからは、ずっともしかしたら、と思っていた。もしかしたら、明日帰ったら、この子はいないかもしれない。

 その日、偶然私はバイトがキャンセルになって早く帰った。とろろを中心に家族が集まっていたので、背筋が冷たくなった。とろろ、と名前を呼ぶと、ぱたん、ぱたんと弱弱しい動きでしっぽを振った。かつてはちぎれそうなくらい振り回していた、ふわふわしたしっぽ。その頃はご飯もあまり食べなくなっていて、痩せてあばらが浮いていた。

 老衰だった。穏やかな最期だった。眠るような。とろろは幸せだっただろうか。私は間違いなく、この優しくて大きくてとびきり愛しい白い犬にすさまじい量の幸福をもらった。またいつか押し倒さんばかりに駆け寄ってきて、顔中をなめて、ふわふわのしっぽをぶんぶんと振ってほしい。

 とろろ、ありがとう。

 

 

というここまでが犬動画を見すぎて犬を飼いたくなった私の妄想です。

この後辛くなり本気で泣きました。この話をしたら妹に「サイコパス……?」と怯えた目で見られたけど、こんなに共感することができる私がサイコパスなわけないだろ。この経緯まで人に話すと「いや自分の妄想に共感するのは共感能力関係ないやろ」と見事に論破されてしまいました。いやあの…想像力に限界はないから…他人を思いやることにも使えるはずでしょ……!

ちなみにうちはペット不可です。

ご清聴ありがとうございました。